スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告

1 前掛け

「あ゛あ゛!?」


朝から響いた声に、まったりと寝そべっていたお福は顔を上げた。
居間から見える店舗に蔵之介の背中が見える。

「どうしたの、蔵ちゃん?」
「ちっ!この棚、釘が出てやがった。注意してたつもりだったのになあ。」

棚の前に屈むと、居間から降りるお福に飛びだした釘を見せた。
黒い棚に紛れて見えにくいが、確かに錆びた釘が頭を出している。

「あーあ、危ないわねえ、怪我でもしちゃった?」
「怪我はしてないが、着物がやられたな。」

蔵之介は立ちあがって、紺色の紬の着物を示した。
明地夫人から「箪笥のこやしにしても仕方ないから…」ともらった着物のうちの一枚だ。

「本当、見事に引っかけちゃって。
 明地さんに言えば、繕ってくれるんじゃない?」
「ん、そうだな…。」

釘抜きで錆びついた釘を引き抜くと、同じ場所に目立たない釘を打ち込みながら、蔵之介は頷いた。
その作業を横で見ながら、お福は呟いた。

「明地さんって、金ちゃんのこと、好きだったのかしらね?」
「はあ?相手は爺さんだぜ…?」
「あら、いくつになったって恋する気持ちは一緒でしょう?男と女ですもの。」

まあそうだけど…、と棚を磨きながら言う蔵之介にお福は笑った。

「金ちゃんはモテたのよお?粋でお洒落でカッコイイし。
 明地さんもお洒落で綺麗だしねえ。10歳以上、年は離れてるけど。」

蔵之介は磨く手を止めずに視線を泳がせた。
明地夫人の柔らかい笑顔が浮かぶ。

「蔵ちゃんを色々とお世話してくれるのは、孫みたいに思ってるからじゃないかな。
 そうやって着物を着てると、金ちゃんと血が繋がってるんだなあって思うもの。」

にこにこと笑ってお福は、悪戯っぽく瞳を細めた。赤い唇を蔵之介の耳に寄せる。

「ひょっとして孫じゃなくて男として見てたり…。」
蔵之介は立ちあがった。
「阿呆か!んなわけねえだろ。」




「蔵之介さん、こんにちは。あら、お取り込み中だったかしら?」
振りかえると、入口に薄紫の着物に身を包む明地夫人の姿があった。
「…!?あ、明地さん!いや、その、ちょっと、電話をしてたもので。」

首からぶらさげた携帯を切る振りをして、蔵之介は手でシッシと追い払った。
お福は悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、ニャオンと鳴いて居間の方へと消える。

「うちの教室で、着付けの1日体験会をしようと思っていてね。
 そのお知らせの紙を貼ってもらえないかしらとお願いに来たのよ。」
「ああ!それは喜んで。10枚でも20枚でも貼りますよ。」
「嗚呼、良かった。あらあら、そんなに持ってきてないわ。」
明地夫人は可笑しそうに肩を揺らすと、告知の紙を蔵之介に渡した。

「あら…?」
夫人の視線が蔵之介の太股のあたりに注がれている。
「ああ。」

蔵之介は頭を掻くと、黒い棚を軽く叩いた。
「釘にやられてしまいました。頂いたばかりなのにすいません…。」
「このぐらいなら繕えば目立たなくなるわ。怪我をしなくて良かった。」
明地夫人は、ほうと息をつくと、顔を上げた。

「でも、これからもこういうことがありそうねえ…。前掛けはお持ちでない?」
「前掛け?エプロンってことですか?」
「エプロンと言ってしまえばそれまでですけれど、ほら、酒屋さんとかがよくしているでしょう?
 お酒の名前が入った紺色の帆布をこうやって前で締めて…。」

蔵之介は、よみせ通りで酒を買い込んだ時に見かけた店主の姿を思い出した。
有名な日本酒の名前が入った前掛けを締めて、重たそうなビールケースを積み上げていた気がする。

「カッコイイですよね、あれ。普通に売ってるものなんですか?」
「酒屋さんがしているのは、お酒を作っている会社から貰ったものではないかしら?
 主人の集めていたものを差し上げてもいいのだけど、別のお店の屋号が入っていても、ねえ?」

思案するように明地夫人は頬に手を当てた。
「いっそのこと、梵蔵堂の前掛けを作ってしまえばどうかしら?
 …なんて言いたいところですけれど、私の知り合いの職人さんは、
 ずっと前に店を閉めてしまって。」

ふと風間の顔が浮かんだ。
RE:KURAプロジェクトを社内向けに発表したとき、プロジェクトチーム全員で身に着けていたもの。
“RE:KURA”と書道家の文字で書かれたTシャツと…――

「そうか、前掛けか。」

全員で締めていたのは同じ文字が書かれた紺色の前掛けだったはずだ。
飲みに行くついでに聞きだしてもいいかもしれない。

「あら、何か思い当たったようね、良かったわ。
 前掛けをしていれば、着物も汚れないし、先ほどみたいなことがあっても、着物に傷はつかないでしょう?
 腰骨でしっかりと巻けば、重い物を持っても腰も痛めないの。」
「へえ、エプロンよりもしっかりと意味があるんですね。」
「昔の人たちは便利な世の中じゃないからこそ、たくさんの知恵を絞って生活していたのよ。」

それに比べて今は…と、頬に手を当てたまま、明地夫人は首を振った。

「嗚呼、駄目ね、昔は昔はとボヤくのは年をとった証拠。では、蔵之介さん、そのお着物預かっていくわ。」
「え、今ですか!?」
「すぐに繕った方がいいわ。さあさ、他にもあげた着物があるでしょう?
 それとも着替えるのを手伝いましょうか?」

「いいです!自分で着られますから…!」

居間の奥に慌てて引っ込む蔵之介を見送ると、明地夫人はクスクスと笑った。

お福といい、明地夫人といい、
年上の女性にはご用心と深く心に刻む蔵之介だった。


* * * * * * * * * *


梵蔵堂から上野方面に歩き、三崎坂を千駄木駅に向かって歩くと、不忍通りに出る。
そこからちょっと根津よりに歩くと、【千駄木露地】という洒落たイタリアンレストランがあった。
古民家を改造した落ちつく空間で、明る過ぎない照明もちょうどよく、デートにも最適だ。

雰囲気の良い広いカウンター席で、隣にいるのは残念ながら男だったが…。

「へえ、中々いいじゃない、うんうん。」

風間は赤ワインを掲げながら、きょろきょろと周囲を見回した。
「蔵ちゃんも、俺の好みをわかってきたねえ。くうぅ、同期の友情に乾杯!」

チリンとグラスが重なった。

「そんで、なんだっけ。ああ、プロジェクトチームで作ったTシャツな。」
「それと一緒に作った前掛けの方。」
「両方同じとこに頼んだよ、なになに、オリジナル商品でも作るの?」

赤ワインを傾けながら、風間が問う。

「ちょっとブログとかで人気があるからって、調子に乗って“蔵之介Tシャツ”とか作る気じゃないだろうな。ああん?」
「はは…、そこまで自惚れちゃいねえよ。」

前菜をつつきながら、蔵之介は首を振った。

「この前、出っ張ってた釘で着物引っかけちゃってさ。
 世話になってる人に“前掛け”でも作ればって言われて、風間を思い出した。」

「偉い!よくぞそこで思い出してくれた、素晴らしい!最高!よっ、蔵ちゃん!
 しかし、うちは書道家に書いてもらった文字をそのまま入稿したけど、デザインとかどうするんだ?」
「いつも、そうやって部下を褒めてるのか?逆に捻くれそうなんだが。
 雲丹屋さんが…、ああ、うちの看板をデザインしてくれた人なんだけど、
 あの看板をモチーフに前掛けもデザインしてくれるって。」

「逞しく育ってるよ、俺の人材教育は博通社イチ。
 知らない間にネットワーク広げてるなぁ、蔵ちゃん。
 あの看板をデザインした人とか、俺も是非お近づきになりたいくらいだ。」
「反面教師っていう教育方法じゃないといいが…。必要なら紹介するよ、だいぶ忙しいみたいだけど。」

風間は蔵之介の皮肉を聞き流し、鞄から分厚い名刺入れを取り出した。

「あい、う、え、え、え… ああ、あったあった。」

名刺を一枚引っ張り出すと、蔵之介の前に差し出す。

「前掛けのエヴリシング。西田社長には、博通社の風間の紹介だって言えば、すぐにわかると思うよ。」

蔵之介は連絡先を手帳に落とした。

「前掛け専門店なのか?」
「もともとはオリジナルのTシャツ屋だったんだが、色々なきっかけがあって、
 下降気味だった前掛けを広めようと動いているんだってよ。
 まあ、詳細が知りたければは西田社長が教えてくれるさ。」

手帳に書きこんだのを見届けると、風間は名刺をホルダーに戻した。

「確か完全なオリジナルになると20枚以上じゃなかったかな。
 自分用に3枚ぐらい取っておいて、あとは売ればいいよ、店頭で。
 …さあ、仕事の話はここまでだ。この巧そうな料理を味わおうぜ!」

風間は柔らかそうに煮込まれた肉料理が置かれると、机の上に広げていたものを鞄に仕舞いこんで、料理に向き直った。

「そういや、この前合コンで知り合った子とはどうなったんだっけ。」
「それ!ちょっと聞いてよ、蔵ちゃん、俺の失恋秘話!」



時々こうして顔を合わせ、他愛もない話を肴に朝方まで飲み歩き、
翌日は二日酔いに悩まされるというお決まりコースは、
互いに歩む道が違っても、ずっと変わらないのだろう。

スポンサーサイト

2010.11.05 | コメント(2) | トラックバック(0) | 第2章

コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

2012-11-11 日 09:15:25 | | # [ 編集 ]

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

2012-11-21 水 09:30:19 | | # [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

FC2Ad


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。