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4 梵蔵太郎

無事、店がオープンして2ヶ月ほど経った頃。

オープン当日を襲った大雪の気配もどこへやら、春の日差しが暖かい季節になっていた。
金鳳亭の名で、ある程度のファンが出来ていたこともあり、悪くはないスタートだった。

高い調度品よりも、シンプルな造りで比較的安いものを揃えているため、新しくこの界隈にオープンするという店のオーナーなどもやってくる。
4~5ヶ月に1度のペースで蔵や古民家から出る古道具を処分するというRE:KURAプロジェクトの活動を考えると、売れすぎもせず、売れないわけでもなく、ちょうど良いと思える売れ行きだった。W大学の後輩が荒川区で家業の運送業を営んでいることもあり、都内の配送については安価に仕切ることもできた。
また古道具を引き取ってくれないかと言う要望もあり、買い取りについても請け負うことにした。そのため、家具だけでなく、扇風機、古い硯や昔のポスターなどの古雑貨も揃うようになり、懐古主義者やレトロ好きを喜ばせた。

お福も外面よく看板猫として客に可愛がられていた。

縁起が悪いと言われがちな黒猫のくせに、携帯の待ち受け画面にしておくと恋愛が成就するなどと、誰が言い始めたかそんな噂もたち、お福を携帯カメラで撮ってはしゃぐ若者の姿も目立つようになった。時に邪魔であり、時に客寄せパンダになるので、無下にも出来ず、蔵之介は苦笑を浮かべて眺めるしかなかった。

そんな苦い顔の蔵之介もいつの間にかカメラに収められているのだから、侮れない。

そして、数日後に「谷中の猫と古道具屋のイケメン店長」としてブログに掲載されているのだから、個人情報や著作権はうるさいくせに、肖像権はあってないようなものだと実感する。とはいえ、30過ぎてから若い娘に“イケメン”と言われるのは悪い気はしないので、特にそれを咎めるつもりもなかった。

とはいえ、いくつか書かれたブログのコメントの中に「イケメン??」「もう少し若かったら」「顎のラインが…」などと勝手な意見も上がっているのが腹立たしい。


「どうもー!ボンクラさーん!」

店先で女の声がした。

“梵蔵堂”という名前にして唯一計算ミスだったと思うことがひとつある。
店であれば、店の名前は知っていても、店主の本名など知らない、というのは普通である。祖父が金鳳亭さんや金さんと呼ばれていたように、「梵蔵堂」であれば、梵蔵堂さんや、梵さんと言われるのが当然だろう。
ただ、人は言いやすい言葉を選ぶ。
「金鳳亭」をキンポさんと呼ぶ人は、どことなく危険な匂いもするし誰もいないだろうが、「梵蔵堂」は、堂まで言わずに「梵蔵」でひとつの言語になるため、自然な流れで「梵蔵さん」と呼ばれることになるのだ。

要は、毎日「ボンクラ」と言われる。
なんだか、これも全て祖父に導かれた感じもして、妙な敗北感を感じるのだった。


「あれえ?ボンクラさぁーん!いないんですかー!」
「そんな大声出さなくても聞こえてます。」
店先に出て行くと、着物姿の若い女性が手を振った。
「そうでしたか、失礼。どうもどうも、雲丹屋うにやです。」

オープンして間もない時に、梵蔵堂の看板をどうしようかと悩んでいると、不意に訪ねてきたふじみ荘の明地夫人が
「まあまあ、それならうちに確かデザイン会社さんが入っていたはずだわ。とても愉快な方だからご相談してみてはいかが?」
と紹介してくれたのが、ふじみ荘の103号室に【不死身雲丹屋図案社】と手書きで書かれた表札をぺたりと貼っている怪しげな会社のデザイナーである。

「いやあ、この前お店を見た瞬間にピーンとインスピレーションが湧きましてね、頼まれた看板、もう出来ちゃったんですよ。」

後ろには男がニコニコと愛想よく笑っていた。台車の上に重そうな荷物が乗っていて、その上に白い布がかかっている。

「あ、彼はネットショップの店長です。」
蔵之介は慌てて頭に巻いていた手拭いをほどくと、店長に頭を下げた。
「初めまして、ネットショップではお世話になってます。」

看板を頼むときに、勢い余って「よし古道具のIT革命やー!」と雲丹屋と盛り上がり、雲丹屋図案社が運営するネットショップ【不死身雲丹屋売店】で梵蔵堂の古道具を委託販売することになったのだ。
家具よりも小物や雑貨が中心だが、それなりに好調だった。

「それで…、ああそう、この看板なんですけど、ちょっと問題がありまして。」

店長が白い布をぱっと取ると、丸い木の看板が姿を現した。

品揃豊富、高額買取、という文言の間に、「梵蔵堂」の店名が堂々と書かれている。
古い看板を再現した見事な造りだった。

「凄いな…、漠然としたイメージを伝えただけなのに理想通りだ。問題ってのは?」

店長が木の看板を台車から下ろした。丸いので、支えないとゴロリと転がってしまう。

「あらびっくり、この看板は自立しません。」
「……っ。」
「いっそゴロゴロ転がる看板!これぞボンクラな看板だ、なんて!あはは…」
「………。」

雲丹屋は軽く咳払いをすると二階を見上げた。

「やっぱり、二階に括りつけるしかないですかねえ。二階、上がってもいいですか?上がりますよ。」

雲丹屋は草履を脱ぐと、居間に上がっていく。店長が重そうな看板を軽々と持ち上げて、雲丹屋の後を追った。

「いやいやいや、ちょっと。」

水屋箪笥にでも立て懸けようか…と考えていた蔵之介は、二人の行動に一歩出遅れ、慌てて二人の後を追った。
通り側の部屋は、思い切り阿嵩の部屋である。あの勢いで入っていけば、またややこしく機嫌を損ねるに違いない。

お福は居間に寝そべったまま、面白そうに一同を見送った。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 


雲丹屋は通り側の部屋の襖を開くと、驚いたように立ち止り、文机に向かう阿嵩の後ろ姿にぺこりと頭を下げた。

「あや、失礼。雲丹屋です。ちょっと看板をぶらさげるのでお邪魔しています。」

蔵之介と振り返った阿嵩は唖然として雲丹屋を見た。
店長が後ろから覗き込み、部屋を見回しながら「なにかいるんだね。」と頷いた。
雲丹屋はフンフンと謎の歌を口ずさみながら、窓を開けると、屋根を見下ろす。

「店長、ちょっとちょっと。ここに看板括りつけるって大丈夫かなあ。」

店長が窓から身を乗り出して、手すりや屋根の強度を確かめはじめた。

「金さんが一度立派な看板を作って屋根に取り付けたが、台風の日に外れかかって、それ以来危ないから下ろしていたよ。」
阿嵩が蔵之介に言うと、雲丹屋が振り返った。

「ですよねえ。やっぱり自立できるように作り直すべきかなあ…。」
「また見事に丸っこい看板を作ったね。ところで、ウニさんは私が見えるのかな?」
「雲丹屋(ウニヤ)です。ああ、若干透けてると思ったら、やっぱり幽霊さんでいらっしゃいましたか。なんででしょうねえ。見えるんです。」
「彼には見えないみたいだね。」

懸命に看板を取り付けようと身を乗り出している店長の後ろ姿を示して、阿嵩が言った。

「ええ。彼には別のものが見えます、お金の流れとか細かく。そっちの方が不思議。」
「ああ、そっちの能力の方が羨ましいね。」
蔵之介は頷いた。

「そう、ウニさん。あれ、使えないかな。」
「雲丹屋です。あれって?」
阿嵩が押入れを示した。
「前に金さん…ああ、蔵之介の爺さんで、元々ここで店をやっていた男だが、それが酔っぱらって持って帰ってきた変な人形があるんだ。」
「それは、ケンタッキーおじさん的な何かですかね。」
「そう、たぶんどこかの店の看板小僧だったんだろうな。もう15年くらい前になるが。」
蔵之介が押入を開けると、奥の方で何かと目が合った。

「……。」

後ろから雲丹屋が覗き込む。
「はっ…、何かが居る…。」

蔵之介がズルズルと引っ張り寄せると、それは全貌を現した。
カンカン帽をかぶり前掛けをした、昔の商人風の男の木彫人形だった。

「死んだ魚の目をしていますね、コレ…。」
雲丹屋が唸った。

朽ちて汚れてはいるが、足元はしっかりとしている。
「どうぞいらっしゃい」とばかりに折り曲げた手は、何かを引っかけていた痕があった。

「店長、店長、看板、看板!」

いまだに窓から身を乗り出していた店長はパンパンと手を払うと振り返った。
「やっぱり屋根の上に取り付けるには補強しないと、――おわ!」

急に現れた木彫人形に足を竦める店長から看板を奪うと、
雲丹屋はその人形に看板を持たせた。


bonkura.gif


「おお!」

まるで、その看板は最初からそこにあったかのように綺麗に収まった。
木彫人形の死んだ魚の目が看板の向こうからチョコンと出て、こちらを見ている。
今まで無表情に見えていた顔が「寄ってね。」と言いたげに見えた。

「なんてベストマッチ…。」

拍手を送る三人に、店長も加わった。

「よおし、ここはひとつ、この阿嵩栗栖が命名しよう。梵蔵堂のシンボルとしてふさわしい名前… ………―――梵蔵太郎。」
「おお!溜めたわりに捻りのない名前…!」

こうして、梵蔵堂の看板小僧“梵蔵太郎”は阿嵩の部屋にて産声をあげた。




【第一章 終】
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2010.10.30 | 第1章

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