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3 文豪

「二階の住民よ。金ちゃんがこの家を買い取る前から棲みついている古株なの。」

お福の言葉に、蔵之介は全身を脳みそにして考えた。
二階は別の人に貸している、ということであれば不動産屋から当然話はあるはずだ。確かに、店の準備をしているときに、二階できしむ音が聞こえたり、紙を裂くような音が聞こえたり、何か気配を感じるようなことは、何度かあった。
しかし、だからといって、誰かが棲んでいる、という発想には至らなかった。

「もしかして…それは…――いわゆる、幽霊というやつ…?」

するりと軽やかな足取りでお福が階段を昇っていく。それを追うように蔵之介は階段を軋ませながら二階へと上がった。

「幽霊…、なんだか、文学的じゃないわねえ。」
「別に俺は文学者じゃない。」

お福が立ち止まったのは、書庫よろしく本棚が並ぶ通りに面した部屋の前だ。


「人ならざる者、人でない者、つまり我々は“人でなし”だな、お福。」


襖の向こうから、年配の男の声がした。

「言えてるわあ、さすが、アガサセンセ。」

蔵之介が勢いよく襖を開くと、窓に面した文机の前で胡坐あぐらをかいて腕を組む男の後ろ姿があった。


「誰だ、あんた!」

「誰だと聞かれれば、かの江戸川乱歩と肩を並べる文豪、阿嵩栗栖あがさくりすと言う。」

阿嵩は尻を軸にして、胡坐を掻いたままぐるりと蔵之介に向き直った。
つむぎの着物に羽織がよく似合っている。日本の文豪一覧に乗っていてもおかしくはない風貌である。

「自称文豪。」

お福がこっそりと耳打ちした。

「金さんから話は聞いているよ。」

「爺さん?」

「ちょっくら浄土に遊びに行くから、もし孫が来たら、頼むってね。」

「死ぬ前に?」

「どっちだったかな。死ぬ前も死んでからも元気だから、よく覚えていない。」

阿嵩は煎餅布団を二枚投げて寄越した。
蔵之介は何から言及すべきか悩んだ。なぜ、祖父は、蔵之介がこの店に来ることを予想していたのか。死ぬ前も死んでからも元気とは、どういうことか。

そもそも、ここまではっきりと会話をし、存在を認識している目の前の男は、本当に幽霊なのだろうか。

だが、どれも質問にするには、くだらないことのように思え、――というより、納得のいく答えは返ってこないだろうと思い――蔵之介は今のところ一番気になるところを訪ねた。

「江戸川乱歩が、エドガー・アラン・ポーの名前をもじったというのは有名な話だが、阿嵩栗栖という名前はもしかして、アガサ・クリスティの名前を?」

「その通り。エドガー・アラン・ポーよりもアガサ・クリスティの方が、ミステリー小説の執筆数はるかに多いからね。」

蔵之介は、熱心な読書家というわけでもないし、ミステリ愛好家というわけでもない。
一般的な知識の限りでは、阿嵩栗栖という小説家を聞いたことはなかった。

「ちなみに、主な作品は…?」

「“F坂の殺人”“路地裏の散歩者”“白蜥蜴”などなど。」

「江戸川乱歩の小説に“D坂の殺人”“屋根裏の散歩者”“黒蜥蜴”というものがあるが…。」

む、と阿嵩は唸るような声を漏らし、腕を組み直した。

「もじり詩というのも、立派な文学のひとつだと思うがね。江戸時代の粋な者たちが短歌をもじった狂歌というものを楽しんだという。それこそ、今では“ぱろでぃ”と言われて、ひとつの文学形式にもなっているじゃないか。当時認められなかったのは、私は、少しばかり先を歩きすぎたということだろう。」

阿嵩は自分の言葉に納得したように、何度も首を縦に動かしている。

「そう、阿嵩栗栖という名前も壁だったな。ある出版社では女の作家は受け付けないと言われ、またある出版社では女の作家かと思ったら男の作家だったとがっかりされた。」

「出版社は、断る理由を探していただけじゃない。」
茶化したようにお福が言った。

「オリジナルはないのか?」

「阿嵩栗栖の遺作となる“そして誰もが戻ってきた”」

蔵之介は本棚に視線を向け、外国小説の中に堂々と並んだ、アガサ・クリスティの代表作『そして誰もいなくなった』に目を留めた。

お福と阿嵩も釣られて、それを見る。阿嵩は肩を竦めた。

「よく知っているね。」

「たいていの文学作品は映画やテレビで流されているからね。読書好きでなくとも、ある程度は知ってるさ。」

「嗚呼、厄介な世の中だ。」

「でも、パロディは確かにひとつのジャンルとして確立していると思う。文学作品をもじった漫画や、漫画をもじったドラマだって出てくるぐらいだ。内容を読んでないからわからないが、“そして誰もが戻ってきた”なんて民放が喜んで使いそうだな。」

「読んでみた方がいいわよ。」
お福が茶化すように口を挟んだ。
「読まなくていい。」
阿嵩が遮る。

蔵之介は笑いながら首を振った。

「読まなくても、だいたい想像がつく。途中までは原作と同じように進んでいくけど、実は全員死んでいなかった、とか。もしくは、一家離散になった家庭が元に戻っていくヒューマンドラマとか。…――どうだい?」

「まあ、なんだっていいじゃないか。それより――」
「そんな単純な話じゃないのよ、いえ、そんな複雑な話じゃないのよ、かしら。」

お福は阿嵩の言葉に被せて、蔵之介に身を寄せた。
重大な打ち明け話をするように、背中を丸めると、わざとらしく声を潜める。

「なんたって、主人公はしかばね。」

「シカバネ?死んだ奴が主人公ってことか?」

「そう、可哀そうに、財産目当てで弟に殺された男なの。主人公は、そういう無念の思いを持った屍たちに、彼岸に自分を葬った人間たちに復讐しようと呼びかけるのよ。」

つまり、彼岸の日に“誰もが戻ってきた”ていうこと、と付け足すと、お福はまた、くすくすと笑った。

「なるほど。彼岸の日に悲願達成、なんて、まさかの謎かけ?」

阿嵩の耳がぴくりと動く。蔵之介は微妙な空気の中で言葉を探すように目を泳がせた。

「……。まあ…、死者が蘇って人間に復讐するなんて、ハリウッドが喜びそうな話だと思う。」

「かりうど?」お福が首を傾げた。

「ハリウッド。アメリカだよ。」

「亜米利加!」

押し黙っていた阿嵩が唐突に叫ぶ。

「なるほど、亜米利加ほどの大国が好むとは、日本人庶民には少しばかり高度だったということだな。」

阿嵩は急に上機嫌になると、満足げに頷いた。

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2010.09.30 | 第1章

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